医薬品によって健康寿命を延ばす研究
老化に関する米国のトップ研究者らが、変わった臨床試験を熱心に進めようとしている。アルツハイマー病や心血管系疾患など、高齢者を最も衰弱させる病気を予防したり進行を遅らせたりする可能性のある医薬品についての臨床試験だ。このプロジェクトの目的は生命を延ばすことではない。
こうした疾病が起きるとしても、その発生を極力遅らせ、生命の最後の何年かをより充実したものにすることだ。
*近い将来、引退年齢は100歳?
このプロジェクトは老化についての多くの研究を利用することを目指している。こうした研究によって動物実験や人間の観察研究で老化の過程を遅らせる効果があるとみられる数種類の薬品が発見されている。
そのうちのいくつかは、老化に関連した慢性疾患の発生を減らすことも分かっている。
このプロジェクトを主導しているアルバート・アインシュタイン医科大学(ニューヨーク)の老化研究所のニル・バルジライ所長は「心臓疾患、癌、糖尿病、アルツハイマー病などといった疾患にとって老化は主要な危険因子だ」と指摘し、「はっきりと違いを出したければ、老化のリスクを調節しなければならず、それによって老化に伴う全ての疾患のリスクを調節しなければならない」と語った。
バルジライ博士は、このランダム化比較対照試験には1000人以上が参加すると見ている。試験は複数の研究機関で、5~7年かけて行われる。プロジェクトは準備段階で、試験費用もまだ確保されていない。計画段階の資金は同博士が副科学所長を務めるNPO、米老化老年研究連盟(AFAR)から出る。
同試験は、2型糖尿病でしばしば使われる薬品メトホルミンを試すもので、これが他の慢性疾患を予防したり進行を遅らせたりできるかどうかを調べる。(プロジェクトはTargeting/Taming Aging With Metformin=TAME=と命名された)。
メトホルミンは必ずしも、生命を延ばし、老化関連の疾患を減らすとみられる他の薬品に比べて特に有望だというわけではない。しかし、メトホルミンは60年以上にわたって広範に、かつ安全に使われており、副作用もほとんどなく、価格も安い。
研究者らは、TAMEが順調に実施にこぎ着け大規模な試験となれば、米食品医薬品局(FDA)も老化は回避可能だと考える可能性があり、そうなれば医薬品会社が刺激されて老化をもたらす要因についての研究を強化することも考えられると期待する。
老人病専門家らがTAMEを行おうとしたきっかけになった試験は英国で実施され、その結果は昨年、専門誌「糖尿病、肥満、メタボリズム」に掲載された。研究者たちは18万人以上からのデータを使い、メトホルミンの効果を、別の糖尿病薬であるスルホニル尿素剤(SU剤)と比較した。研究者たちは非糖尿病患者の二つの対照群を作った。
試験ではメトホルミンを投与したグループはSU剤のグループよりも長く生存した。加えて、試験開始時点で71―75歳の糖尿病患者でメトホルミンを投与したグループは、対照群の非糖尿病患者より長く生存し、生存率は非糖尿病患者より15%高かった。
アルバート・アインシュタイン医科大学の糖尿病臨床試験部門のトップで、TAME計画チームのメンバーであるジル・クランドール氏は「このような観察研究は決定的なものではない」としながらも、「しかし、これは確実に、メトホルミンなど一部の薬理学的な介入は健康状態を改善し健康寿命を延ばす上で広範な影響を与える可能性があるという、われわれの仮説を支える研究の一つだ」と述べた。
クランドール博士は、メトホルミンとライフスタイルの変化が糖尿病のリスクの高い人が罹患するのを少なくとも10年間防ぐことを発見した研究にも参加していた。この研究は連邦政府が費用を賄った。3000人の成人を対象に15年間にわたって行われたこの研究から得られたデータは現在、メトホルミンの長期投与が心血管疾患、がん、認知低下、身体機能低下の進行を防いだのかどうかを知るために分析されている。
同博士は、その結果はTAMEの計画に役立つだろうと話している。
メイヨー・クリニック(ミネソタ州ロチェスター)のbert and Arlene Kogoc Center on Agingのジェームズ・カークランド所長は、メトホルミンが老化細胞―分裂をやめ、自分の周囲の細胞にダメージを与える毒物を生み出す正常細胞―が出す化学物質をターゲットにすることを発見した、と述べた。
カークランド博士はTAMEの企画メンバーの一人。老化細胞は通常、人間が年を取ったり、老化に関連した慢性疾患の場所―アルツハイマー患者の脳や、心筋梗塞、脳卒中につながるプラークの周辺など―にできる。この老化細胞が実際に疾患を引き起こしているのかどうかは証明されていない。
メトホルミンは細胞の成長を促すAMPキナーゼという酵素を増やすことによって老化関連の疾病の発生を抑制したのではないかとみられているという。
同博士は、動物実験段階で延命効果が認められたメトホルミン以外の医薬品についての研究を先週、「エージング・セル」に発表した。これは抗がん剤のダサチニブと、健康食品の店でも置いているケルセチンの併用することが老化防止につながるかもしれないという研究だ。
研究者の中には、医薬品によって老化による慢性病の発生を遅らせることに首をかしげる向きもある。
ジョンズ・ホプキンス大学医学大学院のアリシア・アルバヘ准教授は、「この研究がいい結果を出したら、医薬品の役割を認めるのにやぶさかではない」が、運動、栄養、社会参加、ストレス管理、睡眠など老化を遅らせる方法は既に知られていると述べた。ただ、問題は「問題は薬を飲むように簡単ではないことだ」と指摘した。
記事元:http://jp.wsj.com/articles/